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第22回 山岳信仰の歴史を今に伝える聖山 太白山 森正哲央

第22回 山岳信仰の歴史を今に伝える聖山 太白山 森正哲央

第22回 山岳信仰の歴史を今に伝える聖山 太白山

古朝鮮の建国神話では、天帝桓因の子桓雄が太白山(太伯山)の頂へ天下ったとされるが、太白山の名がついた山は朝鮮各地にあったようで、神話上の太白山は、北朝鮮の妙香山を指すともいわれる。だが今回紹介する、慶尚道と江原道の道境に位置するこの山も、古くから聖山として敬われ、新羅時代には三山五岳の一つである“北岳”として祭祀が執り行われ、頂に築かれた天祭壇が、山岳信仰の歴史を今に伝えている。

太白山のほかに桂樹山、桂叢山、芍藥山、黛輿山、妙梵山などの名でも呼ばれてきた。勇壮でどっしりとした山勢で、厳冬期以外はハイキング感覚で気軽に登ることができ、登山客もひときわ多い。主峰は霊峰(1566m)北の将軍峰(1567m)で、東にプセ峰(1546m)、文殊峰(1517m)がゆったりとつらなり、晴れた日には40キロ西の日本海まで望める。

高原状の稜線には、春にはツツジが咲き誇り、冬は韓国でも最大規模のイチイ群落(約2800本)が雪に覆われ、幻想的な風景を演出する。樹木に着氷するヌンコッ(霧氷)も楽しみの一つだ。正月の日の出祭、1月の雪祭り、6月のツツジ祭り、開天節(建国記念日)を祝う10月の太白祭など、年間を通して多くの催しが行なわれている。江原道太白市側は1989年、太白山道立公園に指定された。今回は太白市文曲所道洞の堂谷を起点に霊峰へ登り、文殊峰まで縦走し、再び堂谷へ戻った。

ソウルから汽車に揺られること4時間弱、太白駅に降りると辺りは真っ白で、雪国に着いたことを実感する。まずは駅前の旅館に部屋をとり、翌朝、堂谷の登山口へ向かった。太白バスターミナルから堂谷の駐車場までは約20分。快晴のもと、電光掲示板は零下12度をさしていた。駐車場から車道を200mほど登ると堂谷広場(870m)で、雪祭りの準備が進んでいる。1月下旬の開幕までにはいくつもの雪像が姿を現す。

1997年に開館した広場前の石炭博物館では、7つの展示室に鉱物、化石、採掘装備を展示し、韓国語が読めずとも十分に楽しめる。太白地域の炭鉱業は、長く韓国経済の屋台骨として活況を呈した。その歴史は、朝鮮総督府燃料選鉱研究所の技師、素木卓二が1925年から一帯を調査、良質の石炭約2億トンが埋蔵されていることを発見したことに始まる。 

広場から右手の川沿いの道へ進む前に、入口の檀君聖殿と檀君像へ立ち寄る。聖殿は一見、古色蒼然としているが、寄付金を募って1982年に建てられた。檀君が朝鮮を建国したとされる10月の開天節には祭祀が執り行われている。達谷渓谷に沿って、林道をゆるやかに登る。渓谷がフェンスで囲われているのは汚染を防ぐためで、水道水として利用されている。広場から1.7キロ先で3つ目の橋(堂谷橋)を渡り、渓谷を離れる。松林の木階を登るとパン峠(1200m)の広場で、ベンチに座って最初の小休止をとる。

パン峠からは望鏡寺(1460m)までは1.8キロ、ダケカンバやミズナラ、チョウセンミネカエデの快適な小道を緩やかに登る。樹林を抜け視界が開けると、新羅時代に慈蔵律師が創建した望鏡寺が現れる。寺というよりは宿坊のような外観で、東の文殊峰を向いて文殊菩薩像が鎮座している。龍王国とつながっているという伝説の龍井で喉を潤す。昔から聖水として祭祀などに使用されてきたそうだ。

宿泊できると聞いていたので、売店の女性に確認すると、「お祈りされる方を一泊2万ウォンでお泊めしています」とのこと。予約はできない。“信心もない”日本人だと告げたが「一度泊まりにきてください」と歓迎してくれそうだった。

望鏡寺すぐ上の端宗碑閣は、悲劇の国王・端宗(1441~ 57)を祀る。現在のものは、1955年に建立されたもので、「朝鮮国太白山端宗大王之碑」と書かれた碑文を奉安している。端宗は1455年、叔父の首陽大君によって江原道の寧越へ追放され、16歳の若さで毒殺された。その死後、太白山の山神になったと言われる。太白山では今も、毎年陰暦の9月3日に、端宗を祀っているそうだ。

望鏡寺から潅木帯を直登すると、10分で高原のような霊峰の頂にとびだした。太白山に3つある天祭壇の中で最も大きい天王壇があり、霊山の趣を漂わせている。檀君を意味する“ハンペコム”とハングルで刻まれた碑前に捧げ物をして、礼拝する人も多い。天祭壇はこの天王檀のほか、将軍峰に将軍壇、天王檀から南300mに下檀があり、篤い信仰がうかがえる。檀君を祀る宗教としては大倧教(檀君教)が知られているが、信者は人口の0.1%にも満たない。むしろ、太白山で信仰されているのは仏教と民間信仰が習合したものといえるようだ。

文殊峰へ向かう前に、300m北の将軍壇まで往復する。将軍壇は天王壇よりもひとまわり小さい。枯れたイチイが雪に半分埋もれていたが、一帯は春になるとツツジが絨毯のように咲き誇る。霊峰まで戻ったら文殊峰まではプセ峰を経て3キロ、約1時間15分の尾根歩き。なだらかだが、踏み固まった山道から外れると股まで埋まるほど雪は深い。

文殊峰の山頂は大きな累石壇がいくつも立ち、賽の河原のような趣をかもしている。文殊峰から小文殊峰(1465m)経て堂谷へ下る。白い幹のチョウセンミネバリやトウシラベの森を進むこと1時間余り、渓谷にぶつかり橋を渡る。唐松林の平坦な道が続き、約10分で登山口の堂谷広場に戻った。

●アクセス(バス)
・太白バスターミナル~堂谷 1日24本。7時38分~22時25分。20分所要
・堂谷~太白バスターミナル 1日25本。7時15分~22時45分

「2016年1月初掲」

《春夏秋冬・韓国踏山紀行 森正哲央》前回  
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